日本でもよく知られているように、米国では銃器を使用した事件が多発しています。連邦政府はもちろんのこと、州のレベルでも銃規制の動きが出てはいるのですが、それに反対する勢力も強く、簡単に解決できる問題ではありません。このような状況下で、図書館への銃持ち込みをめぐり、禁止を求める人々と銃所持の権利を主張する人々の対立が続いています。今回は、米国の銃器所有の現状や犯罪状況、図書館への銃器持ち込みをめぐる出来事や問題を見ていきます。
1. 米国の銃所有状況と銃犯罪
1) 銃所有状況
Pew Research Centerが2014年2月に行った調査によれば、米国では全人口3億1,700万に対し、2億7,000万から3億1,000万の銃が存在する。ほぼ1人に1丁の計算になるが、全世帯の中で実際に銃の所有者がいるのは37%である。1973年には49%に上っていたが、その数は年を追って減少している。同じくPew Research Centerが2014年1月~3月に行った調査では、「銃所持の権利保護」と、「銃所持の規制」の、どちらをより重要と考えるか、との問いに対し、49%が権利保護、48%が規制と答え、半々の結果が示された。2012年に起きた小学校銃乱射事件(後述)直後の調査では42%だった権利保護派は、その後徐々に増加してきている。
2) 銃犯罪の状況
FBI統計によれば、2012年の殺人被害者総数12,765名のうち、銃器によるものは70%(8,855名)で、中でもピストルによる殺人被害者は銃器殺人被害者の72%(6,371件)と極めて高い率を示している。州別でみるとカリフォルニア州が最も多く(1,304名)、テキサス州(1,141名)、ペンシルベニア州(684名)、ミシガン州とニューヨーク州(682名)と続く。
3) 銃乱射事件
USA TODAY紙の分析によれば、2006年~2012年の7年間に186件の大量殺人事件(犠牲者4名以上)があったが、その内146件が銃乱射事件で、犠牲者の総数は934名に上る。犠牲者の約半数は犯人の家族だが、無関係の人々が犠牲になる事件も少なくない。大きく報じられた事件には、12名が犠牲になったコロンバイン高校での事件(1999年4月)、犠牲者が32名に上ったバージニア工科大学での事件(2007年4月)、犠牲者13名のフォートフッド陸軍基地での事件がある。子供たち20名を含む26名が犠牲となった、コネティカット州ニュータウン町で起きた小学校銃乱射事件(2012年12月)は、米国内だけでなく世界中に衝撃を与えた。そして今年もまた、10月24日にシアトル市郊外の高校で、男子生徒が1名死亡、4名負傷という乱射事が起きている。
2. 銃器所持をめぐる論争の具体例
アメリカ合衆国憲法修正第二条は、各州が拳銃(handgun)携行の方法を規制することを許している。
1) ワシントン州のケース
ワシントン州憲法第1条24項は、「個々の市民は、自衛のために武器を携行する権利を有する」と武器携行の権利を認めている。キング郡の郡庁所在地であるシアトル市では2008年5月、シアトル・センターで開催されたフェスティバル会場で喧嘩が起き、巻き添えになった人を含めて3名が拳銃で撃たれて負傷するという事件があり、これをきっかけに銃禁止をめぐる戦いが始まった。事件の2週間後、Greg Nickels市長は、「市が所有する土地や建物における銃禁止ポリシーの草案を、30日以内に作成するよう市職員に命令する」行政命令に署名した。行政命令には市議会の承認は必要ない。しかし、州議会議員の要請を受けた州検事総長は、市は州法を越えて銃器を制限することは出来ず、「市長には公有の土地・建物での銃携行を禁止する権限はない」との法律上の見解(legal opinion)を発表した。ただし、この見解には法的拘束力はなく、2009年10月14日、子供を守ることを目的とした銃禁止令が発効した。銃を携行した人物が、「銃禁止」サインが掲示された施設に入った場合、施設の職員または警官は退去を求めることになったのである。命令に従わなければ、法廷への出頭を命じられたり、不法侵入で逮捕されたりする。
この銃禁止令対し、自衛のために銃は必要であると主張する全米ライフル協会(National Rifle Association)や、「銃器の所持と武装の権利のための市民委員会(Citizens Committee for the Right to Keep and Bear Arms)」など4つの団体に加え、銃を隠して携行する許可(concealed carry permit)を持つ5人の市民は、銃禁止令の実行と「銃禁止」サイン掲示の中止を求めて、シアトル市とNickels市長を相手取り訴訟を起こした。これに対して、州の法律は不動産所有者がその領域内での銃器所有に条件を課すことを禁じていない、と市長は主張した。州法は、銃を見えるようにして持ち歩くことを認めているが、裁判所、刑務所、拘置所、学校、精神科病院などでの拳銃携行は禁じている。
キング郡の地方裁判所は2010年2月、「市は州法に抵触する法律を制定することは出来ない」との判決を出し、116ヶ所に掲示された「銃器禁止(FIREARMS PROHIBITED)」のサイン(約30cm x 45cmの大きさ)を30日以内に撤去するよう命じた。Nickels市長の後を継いだMike McGinn市長は上訴したが、州控訴裁判所も翌年10月、「議会で明確な承認を得た場合を除いて、地方自治体が市所有の公園で銃所有を統制することは、禁じられている」として市長側の主張を却下した。そして2013年3月には、州最高裁判所も下級裁判所の決定を再審理することを拒否したため、銃禁止令は無効とされてしまった。
この決定から7か月後、シアトル図書館システム理事会は、数十年にわたって実施されてきた、図書館での銃禁止規則を撤廃することを決定した。利用者からの苦情があったことを、規則変更の理由にしたが、高視聴率を誇るシアトルのKUOWラジオ局は、銃禁止規則の撤廃を求めたのは、図書館利用者から送られた1通の電子メールにすぎなかったことを明らかにした。図書館がこの電子メールに対抗できなかったのは、州最高裁判所の決定が影響したことは間違いないと考えられる。2013年11月4日以降、シアトルの図書館には、「他人を脅かす意図を示したり、他の人の安全性に対する懸念を正当化したり」するような方法でない限り、隠す隠さないに関わらず、自由に銃を持ち込むことができるようになった。具体的には、「利用者は銃器を銃携帯ケースから出すこと、銃器に手を置くこと、そしてどのような方法であれ、銃器に注目を集めるようなこと、例えば銃器を見せるために上着の前を開けたり、絶えず銃器に触れたりするようなことをしてはならない」ということある。ナイフや他の危険な武器を持ち歩く権利に関しては、憲法上の保護がないことから、ナイフの持込は、これまで通り禁止されている。
2) ミシガン州のケース
2010年から2011年にかけて、ミシガン州の州都ランシング市(Lansing)で、銃をめぐる出来事が続いた。先ず、2010年12月中旬に、Capital Area District Library(CADL)ダウンタウン分館の中を、ショットガンを肩に吊して歩き回っている男性に対して、図書館が退去を求め、彼は従った。翌年1月初旬には、ホルスターに入れたピストルを公然と身に着けて図書館を訪れたHofmeister氏に対し、警備員が退去を求めた。Hofmeister氏は、コートで銃を隠そうと申し出たが、隠そうが隠すまいが、図書館に銃を持ちこむことは許されないと主張する警備員に退去を求められ、それに従った。その後、銃を公然と持ち歩く権利を主張する、銃所持権の擁護グループである、ミシガン・オープンキャリー(Michigan Open Carry: MOC)のメンバー多数が、公然とピストルを身に着けて図書館を訪れたが、大半は退去命令に従った。当初、図書館は市警察を呼んだが、警察は裁判所命令無しに人を立ち退かせることを拒否した。
ランシング市には、ケースに入っているか、弾丸が抜かれているのでない限り、銃器や危険な武器を公共の場で持ち歩いてはならない、とする条例があるが、CADLは武器持ち込み禁止ポリシーを明確には規定していなかった。そこで、CADLは2月中旬、武器ポリシーの有効性を確立する確認判決と、ポリシーを執行するための差止め救済を求めて訴えを起こした。4月に、巡回裁判所は図書館側の主張を認め、MOCのメンバーと、その協力者に対する一時的差止命令を、5月には終局的差止命令を発令した。MOCは上訴した。
ミシガン州の銃器・弾薬法(Firearm and Ammunition Act:1990)は、地方自治体が武器に関する法律や規則を制定することを禁じている。CADLは、スポーツ施設や水道局と同じく、図書館を管理する機関は、この法律には含まれないと主張したが、2012年10月に巡回控訴裁判所はミシガン州法の優先を認める判断を下し、差止命令は撤回された。CADLは争点を再審査するよう州最高裁判所に請求したが、州最高裁判所は2013年11月、「提出された問題は、見直されるべきであると納得するには至らなかったため、CADLの訴えには耳を傾けない」とする決定を、6対1の多数意見で下した。つまりこの決定は、ミシガン州の図書館は銃の携行を規制することができないということを意味し、銃を携行して図書館を訪れることは問題なしとなったわけである。
州最高裁判所の決定から7か月後の2014年6月、人口15万人のカラマズー郡の公共図書館(Kalamazoo Public Library)が、子供のために夏の読書プログラムを開催したところ、その初日に、ホルスターに入れたピストルを身に着けた男性が、“娘を守るために”駐車場に現れるという出来事が起きた。図書館職員の要請を受け、その男性はしぶしぶ駐車場からは出たが、駆け付けた警察官に対し、銃を携行する権利を主張した後にその場を離れた。銃を公然と持ち歩く権利を主張するグループは、図書館の行動を非難し、謝罪を求めた。ミシガン州図書館協会は現在、図書館を銃所持禁止区域に含めるよう努めているところである。
3) アリゾナ州のケース
アリゾナ州では成人のほぼ全員が銃を所有している。2009年9月、州都フェニックス市の野外集会場でオバマ大統領がヘルスケア改革推進の演説を行った際に、セミオートマチックのライフルやピストルなどを身に着けた約12名の人々が参加していたことがわかり、全国の注目を集めた。
当時は、銃所持の許可無く銃を隠し持っていると、6か月以下の投獄と$2,500以下の罰金を科せられることになっていた。しかし、Jan Brewer知事は7か月後の2010年4月に、21歳以上であれば、銃所持の許可無しに銃を隠し持ってもよいとする法案に署名した。ただし、この法律は図書館や市庁舎などの政府の建物内で銃を携行することを許すものではなかったため、銃所持権を主張する人々は、その制限を撤廃する法案を州議会に提出したが、Brewer州知事は2011年と2012年と連続して拒否権を行使した。 しかし、2014年3月に州議会下院は、武装警備員、金属探知機、銃用ロッカーなどのセキュリティー対策が整っている場合を除き、政府の建物内で銃を所持することを許可する法案を可決した。ただしこの政府の建物には、公立の幼稚園~高等学校、コミュニティカレッジ、大学は含まれない。法案賛成者は、銃を隠し持つのは憲法上の権利であり、人々を銃乱射事件から守るために必要であると主張し、反対者は、法案は市町村に財政負担を強いるものであり、実際のところ大衆を危険にさらす可能性があると指摘している。Brewer知事が4月に再度拒否権を行使したため、少なくとも今年中は、政府の建物内への銃持ち込み禁止は継続されることになった。
3. 銃器を隠して携帯する権利の状況
イリノイ州は2012年12月、連邦巡回控訴裁判所により、公の場での武器携帯を禁じているのは違憲であるとの判決を下され、翌年7月に法律を改定した。その結果、銃器ライセンス保持者が銃器を隠して携帯することは、米国全50州において合法化された。ワシントンD.C.のみが、自宅外でのピストル携帯を禁止していたが、2014年7月26日、コロンビア特別区連邦地方裁判所は、これを違憲とする判決を出した。(United States District Court for the District of Columbia)ワシントンD.C.は判決に従い、警察に正式に登録されたピストルに限って、住民が携帯することを許可する命令を出した。これにより、原則として米国全土において、銃器を隠して携帯することが認められることになったわけである。ただし、イリノイ州の「Firearm Concealed Carry Act”」は、ライセンス保持者に対しても、23の禁止区域においては銃器を隠して携帯することを禁じている。禁止区域には、庁舎、裁判所、学校、矯正施設、病院、博物館などに加え、公共図書館も含まれ、これらの場所では、入口に銃禁止のステッカーを掲示しなければならない。イリノイ州は現在、公共図書館を「銃携帯禁止区域」に指定している唯一の州である。“Firearm Concealed Carry Act” 第65条禁止区域 (a)の(18):公共図書館の管理下にある建物、不動産、駐車場:「図書館は、正面入り口、駐車場入口、歩道入口に、銃器携帯禁止の標識を掲示することが求められる」。イリノイ州ライフル協会(Illinois State Rifle Association)は、銃器を隠して携帯する権利が与えられたことを歓迎しながらも、銃禁止のステッカーは不要かつ無用であると主張し、銃器購入者の身元調査が強化されたことに反対している。しかし禁止区域が設置されたことには反対しておらず、公共図書館に密かに銃が持ち込まれる状態は、当分避けられそうである。
参考資料
2. 銃器所持をめぐる論争の具体例
1) ワシントン州のケース
Seattle gun ban ordered drawn up by Mayor Greg Nickels
http://seattletimes.com/html/localnews/2004468024_guns10m.html
Gun ban at Seattle parks facilities goes into effect
http://seattletimes.com/html/localnews/2010065107_webgunban14m.html
NRA, others take aim at gun ban in Seattle parks
http://seattletimes.com/html/localnews/2010154649_webgunban28m.html
Judge’s ruling ends Seattle parks gun ban
http://seattletimes.com/html/localnews/2011061469_parksgun13m.html
Seattle gun ban is illegal, Appeals Court rules
http://www.seattlepi.com/local/article/Seattle-gun-ban-is-illegal-Appeals-Court-rules-2245312.php
State Supreme Court agrees that Seattle can’t itself ban guns
http://seattletimes.com/html/localnews/2017703405_gunban09m.html
Guns, books and Eyman don’t mix at the library
http://seattletimes.com/html/localnews/2022149483_westneat30xml.html
Shhh! Seattle Libraries Now Allow Guns, but Please be Respectful
http://kuow.org/post/shhh-seattle-libraries-now-allow-guns-please-be-respectful
Why Seattle Public Library Surrendered Its Gun Ban
http://kuow.org/post/why-seattle-public-library-surrendered-its-gun-ban
2) ミシガン州のケース
Court blocks guns temporarily
http://www.lansingcitypulse.com/lansing/article-5510-court-blocks-guns-temporarily.html
Big GUN RIGHTS & OPEN CARRY win in state of Michigan yesterday
http://www.forumsforums.com/3_9/showthread.php?t=59680
Update: MI Court of Appeals: No Gun Ban for Libraries
http://lj.libraryjournal.com/2012/10/litigation/mi-court-of-appeals-no-gun-ban-for-libraries/
Michigan Libraries Seek To Curb Guns
http://lj.libraryjournal.com/2012/07/managing-libraries/michigan-libraries-seek-to-curb-guns
Michigan Court of Appeals: Gun owners can open carry in district libraries
http://www.mlive.com/news/index.ssf/2012/10/michigan_court_of_appeals_owne.html
Libraries can’t prohibit bookworms from openly carrying guns on their premises/ Nov. 21, ‘13
http://www.mlive.com/lansing-news/index.ssf/2013/11/michigan_supreme_court_decline.html
Order November 20, 2013
http://publicdocs.courts.mi.gov:81/SCT/PUBLIC/ORDERS/20131120_S146596_81_146596_2013-11-20_or.pdf
Man with gun at Kalamazoo library event raises open-carry concerns
http://www.mlive.com/news/kalamazoo/index.ssf/2014/06/man_with_gun_at_kalamazoo_libr.html
3) アリゾナ州のケース
Man Carrying Semi-Automatic Assault Rifle And Pistol Outside Obama Event
http://www.huffingtonpost.com/2009/08/17/man-carrying-semi-automat_n_261279.html
Arizona Gun Law: Concealed Weapons Allowed Without Permit Under New Law
http://www.huffingtonpost.com/2010/04/17/arizona-gun-law-concealed_n_541445.html
Arizona governor vetoes bill allowing guns in state buildings/ Reuters Apr 17, 2012
http://www.reuters.com/article/2012/04/18/us-arizona-guns-idUSBRE83H01H20120418
Arizona not ready for guns in libraries/ azdailysun.com April 20, 2011
http://azdailysun.com/news/opinion/editorial/article_18d2439c-5744-5f47-b53f-3035eec735c0.html
Brewer vetoes bill to allow concealed weapons in public buildings
3. 銃器を隠して携帯する権利の状況
Concealed Carry Is Now Legal in All 50 States, and the NRA Doesn’t Want Us to Know What
Brewer vetoes bill to allow concealed weapons in public buildings
PUBLIC SAFETY (430 ILCS 66/) Firearm Concealed Carry Act
https://ccl4illinois.com/ccw/Public/AboutTheAct.aspx
Moms Demand Action Aims to Change State Law Regarding Gun-Free Zone Signs