ニューヨーク市教育局がAmazonとの3,000万ドル契約を承認

2016年4月、米国ニューヨーク州で、公立学校の生徒のために電子書籍を購入するための契約をAmazonとの間に結ぶことが承認された。

1. Amazonとの契約締結とその内容

2016年4月20日(水)、ニューヨーク市教育局(New York Department of Education)の教育政策委員会(Panel for Educational Policy)は、ニューヨーク市の初等・中等教育公立学校に向けて、電子書籍購入のプラットフォームを運営するための契約を、Amazonとの間に結ぶことを承認した。ニューヨーク市の学区は米国で最も大きく、学校数は1,800を超え、生徒総数は111万人に達する。今後Amazonは域内マーケットプレイスを設置し、それを通じて電子書籍とその他のデジタル教材の主たる販売業者となるわけである。Amazonが提供する資料の中には印刷物も含まれるが、電子書籍リーダーKindleのようなハードウェアは含まれない。

Amazonとの契約にかかる費用は、3年間3,000万ドルだが、その後2年間3,450万ドルの更新オプションを含めると、総額は5年間で6,450万ドル(66億円)に昇る。契約は、今年の新学期から実施される。ニューヨーク市教育局は、1年目(2016-2017)に約430万ドル、2年目に860万ドル、3年目に1,720万ドルのコンテンツを購入する予定をしている。購入される電子書籍は、ノートパソコン、電子書籍リーダー、タブレット、スマートフォン、スマートボードなど様々なディバイスで読むことができる。

2. Amazonのねらい

デジタル出版コンサルタントグループThe Idea Logical CompanyのCEO、Mike Shatzkin氏は次のように指摘している。出版業界においては、3,000万ドルの契約は巨大な金額とは言えないが、教科書や教育市場にとっては大きな契約である。しかし、それよりも真に注目すべき点は、Amazonが販売ごとに受け取る手数料が10%〜15%とされていることにある。一般読者向けの商業出版社が出版する書籍は定価の50%を、大手出版社の場合は30%を小売業者に支払うのが通常であることを考えると、Amazonの手数料はかなり低い数字と言える。今回の契約はAmazonにとっては、将来の何百もの取引のための試験用プラットフォームの作成であると考えられる。

デジタルメディア・出版のコンサルタントであるJoseph Esposito氏は、Amazonは初等・中等教育マーケットをターゲットにしただけでなく、大学マーケットにも目を向け始めたと考える。2016年2月に開催されたNational Conference on Education of the School Super-intendents Association(教育長の全国会議)で、Amazon Educationのチームは、教師や学校が教育資料をアップロード・管理・共有するための無料プラットフォーム“Amazon Inspire”の開発に取り組んでおり、既にベータテスト中であると発表した。その詳細は明らかにされておらず、どのようなビジネスモデルになるかも未定である。しかし、ICTアドバイザリ企業Gartnerの研究ディレクターKelly Calhoun氏は、当初のプラットフォームはオープンリソースのライブラリーとして計画されるとは言え、教育マーケットへの足掛かりをAmazonに与えることになるだろうと見ている。

3. 視覚障害者への対策問題

ニューヨーク市教育局がこのプロジェクトのベンダー探しを開始したのは、3年前の2013年である。2015年には、提出された14のプロポーザルの中からAmazonが選ばれた。同年8月の教育政策委員会(Panel for Educational Policy)による正式承認を経て、9月にはプラットフォームが開設される予定になっていた。ところが、全米視覚障害者連合(National Federation of the Blind:NFB)から、視覚障害のある学生には、Amazonのディバイスを使用して電子書籍をナビゲートし、イラスト、グラフィックス、数学記号などにアクセスするのは難しいとの抗議が寄せられた。これを受けて、教育政策委員会は会合の前日に投票の延期を決定し、新しい計画作成に取り組むことになった。NFBは元々、電子書籍リーダーKindleが視覚障害者に対して思いやりがないとして、Amazonに不満を持ち続けている。その理由は、本のオーディオブック化は著作権侵害の可能性があると主張する作家組合(Authors Guild)の圧力を受けたAmazonが、Kindleのテキスト読み上げ機能を使えるかどうかを出版社が決定することを認めた結果、視覚障害者にとっては多くの本がアクセス不能になったからである。

Amazonとの話し合いの結果、2016年3月初め、NFBは、「Amazonがアクセスビリティの改善に尽力し、3カ月ごとにNFBと会談して改善点を話し合うことに同意する」との覚書にサインした。自分がアクセスできないフォーマットの本を必要とする生徒は、Amazonにコンタクトし、Amazonは問題を解決するが、それでも解決しない場合は、NFBが介入してその生徒と教師に別の選択肢を紹介することになる。

参考資料

New York DOE Green Lights Amazon eBook Deal http://www.slj.com/2016/05/technology/new-york-green-lights-amazon-ebook-deal/#_

New York City Department of Education tries, yet again, to give Amazon $30 million to sell ebooks http://www.mhpbooks.com/new-york-city-department-of-education-tries-yet-again-to-give-amazon-30-million-to-sell-ebooks/

Amazon inks $30 million deal with New York schools http://www.usatoday.com/story/tech/2016/04/21/amazon-ebooks-textbooks-30-million-new-york-schools/83298960/

Amazon, Federation of the Blind Reach Agreement on Accessibility https://marketbrief.edweek.org/marketplace-k-12/amazon-national-federation-of-the-blind-to-collaborate-on-accessibility/

Amazon Education to Launch Site Where Teachers Can Share Textbooks, Curricula They’ve Created http://the-digital-reader.com/2016/02/17/98619/

Amazon Wins $30 Million Contract to Sell E-Books to New York City Schools http://www.wsj.com/articles/amazon-wins-30-million-contract-to-sell-e-books-to-new-york-city-schools-1461202999

Amazon Wins $30 Million Deal to Sell E-Books in NYC Schoolshttp://fortune.com/2016/04/21/amazon-nyc-schools-ebook-contract/

なお、日本では文部科学省が、有識者による「“デジタル教科書”の位置付けに関する検討会議」を、2015年27年5月12日〜2016年6月2日の間に8回開催し、6月16日に「中間まとめ」を発表した。そこには、“2020年度からのデジタル教科書導入は各自治体の判断にまかせる”、“教材費として保護者の一部負担となる可能性もある”、“デジタル教科書の制作にあたっては教科書発行会社が外部のITベンダーなどの協力を仰ぐことを推奨する”、“デジタル教材にも、教科書発行会社以外の参入を促す”、などが盛り込まれている。